1 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:25:53.35
ID:DOCYTEs60
ドラマの主演が決まった。
テレビ局の楽屋で、そうプロデューサーに言われた時には、何が起きたのかすら分からなくて。
私は、軽くパニックになっていたと思う。
プロデューサーと事務所に戻ると、続く小さな爆発音のようなもの。
そして、私の目の前で季節外れの雪が舞った。
「雪歩、ドラマ主演おめでとう!」
髪についた紙吹雪の一枚をぎゅっ、と握る。
雪歩「あ、ありがとうございますっ!」
ようやく、実感が湧いてきた。
真「雪歩っ、すごいよ! 本当におめでとう!」
真ちゃんが私の手を掴んで、ブンブンと縦にふる。
2 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:26:44.70
ID:DOCYTEs60
雪歩「ありがとう、真ちゃん!」
P「いやあ、本当に……雪歩、頑張ったもんなぁ」
小鳥「何てドラマなの、雪歩ちゃん?」
雪歩「『フォークソングガール』っていう……」
響「って、あれか!?」
真「えっ、有名なお話なの?」
響「ベストセラーだぞ、真! ドラマ化するって噂だったんだけど……すごいじゃないか!」
雪歩「ありがとう、響ちゃんっ」
3 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:27:35.06
ID:DOCYTEs60
さあさあ、と美希ちゃんに通され、事務所の奥に進むと、
大きなお菓子が見えた。
春香「特製、ビッグパウンドケーキだよ! おめでと、雪歩!」
雪歩「ありがとう、春香ちゃん!」
千早「萩原さんはすごいわね。……私には演技力がないから、憧れるわ」
雪歩「そ、そんなことないよ! 私なんて、ひんそーで」
律子「はい、ネガティブにならない」
頭をチョップされて、振り向く。律子さんだ。
眼鏡の奥には笑みがある。
律子「今日は楽しみましょう?」
雪歩「は、はい!」
千早「ふふっ」
4 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:28:22.10
ID:DOCYTEs60
亜美ちゃんが抱きついてきたり、それを見たやよいちゃんが伊織ちゃんに抱きついたり。
私のためにみんなが開いてくれたパーティーは、とっても楽しかった。
でも――――いつまでも、楽しい時間は続かなかった。
亜美「うおう、外寒いっ」
ずっと、あのまま時が止まっていれば。離れず、ずっと手を握っていられたら。
律子「まだ、冬って感じよね」
真ちゃんは。
真「ボク、ちょっと忘れ物しちゃったみたいだな……事務所に戻るよ。律子、鍵貸して」
私のせいで。
律子「もう……はい、これ」
雪歩「気をつけてね」
5 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:29:17.85
ID:DOCYTEs60
私が、あの時「一緒に行くよ」と一言、言えたのなら。
千早「我那覇さん、この間の……」
……あの腕を掴んで、「ダメ」と言えたのなら。
美希「…………」
P「…………真はまだなのか?」
1分経った時点で、気づけたのなら。
春香「遅い、ですね」
パーティーを、開かなければ。
P「ちょっと、見てくるよ」
美希「ミキも行くのっ」
6 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:30:08.54
ID:DOCYTEs60
ああ、神様。
私はどうなってもいいのに。
どうして私から、大切な人を奪おうとするんですか。
千早「真! 真っ!」
あずさ「私、包帯持ってます!」
伊織「バカ、目ぇ開けなさいよ!」
運動神経のいい真ちゃんが、転ぶなんて。
貴音「伊織、揺らしてはいけません! わたくし達は、救急隊を待つことしか……」
小鳥「どうして……どうしてこんなことに」
私のせいだ。
7 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:32:01.31
ID:DOCYTEs60
雪歩「私の……せいだ」
響「えっ?」
やよい「そ、そんなことないですよっ!」
雪歩「私が……私の…………ううっ……」
響「雪歩、しっかりしろっ!」
真美「ゆきぴょんはなんにも悪くない、事故だよっ」
雪歩「ああ…………ああっ……」
春香「雪歩、雪歩っ、大丈夫、真は無事だよ!」
救急隊の人に運ばれていく、真ちゃん。
…………私が、代わりに取りに行っていればよかったのに。
8 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:32:51.75
ID:DOCYTEs60
私は結局、その日からまともに活動が出来なくなった。
ドラマは、再び役決めのオーディションが開かれることになった。
駅売りのスポーツ新聞や芸能雑誌は、真ちゃんや私の写真と名前を頻繁に出している。
『菊地真は脳震盪だった! 戻らない意識に関係者号泣』
『萩原雪歩、ドラマは白紙……突然の活動休止にファンは』
『相次ぐ応援・765プロ、雪歩ちゃん活動は!?』
事務所には通っている。だけれど、歌おうとすれば声が出ない。
踊ろうとすれば身体が動かず、笑おうとすれば表情が引きつる。
事務所に通うのは、せめて心だけでもアイドルで居なさいという、
律子さんの提案だ。
ソファに座って、音無さんのお手伝いをするだけ、だけど。
9 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:33:25.37
ID:DOCYTEs60
病院には、まだ行けていない。
真ちゃんの眠る姿をみたら、今度こそおかしくなってしまいそうだった。
……私のせいなんだ。
真ちゃんの意識が戻らないのも、みんな。
P「ただいまー」
小鳥「おかえりなさい。……あれ、貴音ちゃんは?」
P「貴音なら、病院で降ろしてきました。……見舞いに行く、って」
小鳥「……分かりました。私達も、また行きましょう」
プロデューサーが帰ってきた。
10 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:33:55.81
ID:DOCYTEs60
P「ただいま、雪歩」
雪歩「おかえりなさい」
P「なあ、そろそろ……真に会いに行かないか」
雪歩「…………ごめんなさい」
まだ、会えないと思います。
ごめんなさい。
P「そっか。……会いたくなったら、いつでも言うんだぞ。一緒に行くから」
雪歩「……ありがとうございます、プロデューサー」
11 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:34:41.54
ID:DOCYTEs60
テレビは、もう何日も見ていない。
真ちゃんが映るだけで、泣いてしまうから。
やよい「おつかれさまです」
亜美「たっだいま→」
伊織「ただいま」
P「おう、おかえり」
小鳥「おかえりなさい」
やよいちゃん達が、帰ってきたみたいだ。
12 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:35:07.57
ID:DOCYTEs60
雪歩「おかえりなさい」
亜美「ただいま、ゆきぴょん」
伊織「雪歩。明日なんだけど……みんなで病院に行かない?」
やよい「みんなで行けば、雪歩さんも大丈夫かなーって!」
亜美「だいじょーぶそう?」
雪歩「………………ごめん、なさい……」
私は弱虫で、ちんちくりん。
真ちゃんに会う資格なんてない。
伊織「雪歩…………」
13 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:35:39.55
ID:DOCYTEs60
携帯が鳴った。
亜美「電話?」
鞄の中で震える携帯を取り出して、通話ボタンを押す。
雪歩「……もしもし」
『雪歩。話したいことがあるので、事務所でわたくしを待っていてくださいませんか?』
雪歩「…………四条さん?」
『はい』
四条さんだった。確か、病院に行っていたはず。
雪歩「……分かりました」
14 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:36:17.21
ID:DOCYTEs60
亜美「お姫ちんが電話なんて、めずらしいね」
やよい「私もだけど、あんまり機械に強そうじゃないよね。貴音さん」
伊織「貴音……ええ、滅多にないわね」
四条さんから電話をもらうのは、初めてだ。
『雪歩、わたくしは思うのです』
雪歩「……え?」
『いつの世も、王子の目覚めには姫君の口付けが必要だ……と』
雪歩「……逆、じゃないですか?」
『…………そう、だったかもしれませんね』 15 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:40:02.60
ID:DOCYTEs60
電話も切れて、みんなは再び仕事に出かけていった。
小鳥「雪歩ちゃん、悪いんだけど、おつかいを頼まれてくれない?」
雪歩「分かりました、何を買うんですか?」
小鳥「このメーカーの電球を、4つ。スーパーに売っているから、お願いね」
雪歩「分かりました」
メーカーと型式の書かれているメモとお金をもらって、外に出る。
階段を見るたびに、足がすくんだ。
雪歩「…………」
あれから3日も経った。いや、3日しか経っていない。
私以外のみんなは、全員お見舞いに行ったようだ。
詳しい病状だって、分からない。
でも――意識が戻っていない、ということは聞いている。
16 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:45:10.27
ID:DOCYTEs60
階段をゆっくりとおりて、大通りに出る。
空気はあの時と同じように、冷たかった。
もう、春だというのに。雪が降ってもおかしくない寒さだ。
雪歩「……」
歩き出す。下を向いて、あの時の情景を思い出さないようにしながら。
――『救急隊さん、こっちなの! 早くしてっ』――
駄目だ。
――『あ、あのっ……病院は、大丈夫なんですよね? たらい回しとか、ありませんよね?』――
どうしても、頭の中に蘇る。
――『真を、助けてください』――
みんなの、声が。真ちゃんの、ぐったりとした姿が。
17 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:46:47.54
ID:DOCYTEs60
雪歩「……っ!」
振り切って、走り出す。
「ん……? おい」
誰かに呼び止められて、振り返った。
雪歩「あっ……ジュピターの」
ジュピターの人だ。少し離れて、「どうしたんですか」と聞く。
プロデューサー以外の男の人には、未だにこの距離だ。
冬馬「そりゃあ、こっちの台詞だ。お前、どうしたんだよ」
雪歩「えっ……?」
冬馬「活動。休止、してるんだろ?」
18 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:49:07.19
ID:DOCYTEs60
雪歩「…………いま、なんにも出来ないんです。
それで、プロデューサーがお休みしろ、って」
冬馬「菊地のことと関係あるのか?」
雪歩「…………」
冬馬「そうか……。忙しくて、まだ見舞いには行けてないんだが……」
雪歩「行くつもり、なんですか」
冬馬「そりゃあ、俺は良きライバルだ、って思ってるからな」
雪歩「…………なら、私の分も、お願いします」
冬馬「はぁ? ……お前、見舞い行ってないのか」
19 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:50:47.34
ID:DOCYTEs60
静かに首を縦にふる。
冬馬「マジかよ……765プロなら、全員が行ったのかと思ったが」
雪歩「……私だけ、行ってません」
冬馬「どうして」
雪歩「…………私の、せいだから」
冬馬「え?」
雪歩「真ちゃんがああなったのは、私のせいだから……なんです」
冬馬「…………」
トラックが横を猛スピードで走る音がする。
20 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:54:44.53
ID:DOCYTEs60
冬馬「…………俺は、新聞の情報ぐらいしか持ってないけど」
雪歩「……」
冬馬「……あんた、いろいろ背負いすぎなんじゃねーの?」
雪歩「えっ……?」
冬馬「こう、傍から見ても……あんた、気にしなくてもいいことを気にして失敗とか、してるだろ」
雪歩「…………真ちゃんのこともそうだ、って言いたいんですか」
冬馬「……菊地は菊地、あんたはあんただ。菊地のことまで背負い込む必要なんてねーだろ」
雪歩「…………」
21 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:56:36.29
ID:DOCYTEs60
冬馬「やべっ、北斗から電話だ……。じゃーな、萩原」
雪歩「あっ…………はい……」
走って去っていった。
…………少し、良い人だな、とは思った。
しまった、急いでスーパーに行かないと。
私はゆっくりと、走り出した。
22 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 01:58:45.99
ID:DOCYTEs60
小鳥「ありがとう、助かったわ」
雪歩「いえ……遅くなって、ごめんなさい」
小鳥「そういえば、ちょっと遅かったかも。どうかしたの?」
雪歩「ジュピターの人と会って……」
小鳥「ジュピター……」
雪歩「励まされました」
小鳥「励まされたの? そう……」
変な話だと思う。
ジュピターの人に励まされるなんて。
23 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:02:41.20
ID:DOCYTEs60
ソファに座って、ぼーっとする。
ポケットが震えた。
雪歩「……もしもし」
『もしもし、わたくしです』
雪歩「……四条さん」
どうして自分から名乗らないのだろう。
少し不思議だ。
『雪歩、わたくしは今、事務所の下に居ます』
雪歩「え……?」
立ち上がって、窓の前に移動する。
窓を開けて下を覗きこむと、四条さんが笑顔で手を振っていた。
24 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:06:42.58
ID:DOCYTEs60
『どうぞ、おりてきてください』
雪歩「は、はいっ」
電話を切る。音無さんに一言残して、コートとバッグを掴んで事務所を出た。
ゆっくり、ゆっくり階段をおりて――たるき亭の前、1階に。
貴音「雪歩、こちらです」
雪歩「あ、あの……四条さん、一体何をするんですか?」
貴音「ええ、これから……一緒に真に会いに行こうと思いまして」
雪歩「えっ…………」
あの時の情景がフラッシュバックする。
25 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:09:20.18
ID:DOCYTEs60
貴音「雪歩」
雪歩「……っ」
貴音「逃げるばかりでは、強くなれません」
雪歩「え……?」
私は、逃げているのか。真ちゃんから。
……そう、なのかもしれない。真ちゃんを事故に遭わせてしまった責任感を背負って。
真ちゃんと向きあおうとしていないのかもしれない。
貴音「真も、雪歩に会いたいと思っているはずです」
雪歩「…………」
26 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:15:06.06
ID:DOCYTEs60
貴音「……歩いて行きましょう」
雪歩「…………あの病院って、歩いて行けるんですか」
貴音「ええ」
四条さんが手を繋ぐ。
貴音「雪歩」
雪歩「…………はい」
貴音「あなたは、1人ではないのです」
雪歩「…………」
貴音「困ったときに、相談の出来る仲間が居ます」
27 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:18:22.34
ID:DOCYTEs60
ゆっくりと、歩き出した。
貴音「真は、皆に愛されていますね。実感します」
雪歩「えっ?」
貴音「病室には、皆の置いていく果物や花が溢れるくらいにあります」
雪歩「……」
貴音「ただ、真が一番欲している貴女の見舞い品だけがありません」
雪歩「…………」
貴音「真も、目を覚ますかもしれませんね」
28 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:21:07.23
ID:DOCYTEs60
雪歩「目を……」
貴音「普段は、真が王子様の役を買って出ることが多いですが……」
雪歩「……」
さっき、四条さんが電話の向こうで言ったことだ。
貴音「今は、眠り姫です」
雪歩「眠り姫……」
お姫さまは、眠ってしまいました。
貴音「そして必要なのは」
眠りから解放する方法は、
雪歩「王子様の、口づけ」
29 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:28:01.74
ID:DOCYTEs60
貴音「……さすがに、口づけは出来ませんが」
雪歩「…………」
貴音「会って手を握れば、奇跡が起きるかもしれませんね」
雪歩「……」
貴音「雪歩」
雪歩「……はい」
貴音「あの日……パーティーのことを、覚えていますか」
雪歩「も、もちろんです」
とっても楽しかった。だからこそ、自責の念が強いのかもしれない。
30 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:34:48.35
ID:DOCYTEs60
貴音「あの時、誰よりも雪歩のドラマ主演を喜んでいたのは、真ではありませんか?」
雪歩「えっ?」
貴音「もちろん、皆が雪歩のことを祝っていましたが……付き合いの長い真が、
一番喜んでいたのでは?」
雪歩「…………」
そう、なのかな。
真ちゃんが、一番喜んでくれたのかな。
貴音「そんな真のことです。雪歩に恨み節は言いません」
雪歩「えっ?」
貴音「真の目が覚めた時、『あの時雪歩がついてきてくれたら』とは言わない、ということです」
雪歩「……」
31 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:36:47.05
ID:DOCYTEs60
私、四条さんに言ったっけ。
悩んでいる内容。
貴音「ふふっ」
雪歩「……」
貴音「そろそろ、病院につきます」
雪歩「…………」
前を見ると、少し遠くに病院のマークがある、茶色の建物が見えた。
事務所の近くの病院だったんだ。
貴音「雪歩の手は、温かいですね」
雪歩「……そう、ですか?」
32 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:40:44.93
ID:DOCYTEs60
貴音「ええ。……手が温かい人は、思いやりのある人だと言います」
雪歩「……私は、違います」
貴音「いいえ、雪歩こそ、思いやりのある女性だと思いますよ」
私は思いやりがないと思う。
自分のことで精一杯で、周りを見て判断することが出来ない。
千早ちゃんみたいに、困っている人をサポートすることも。
四条さんみたいに、困っている人の話を聞いて解決に導くことも出来ない。
貴音「あなたは、人のことを自分よりも大切に考えられる」
雪歩「…………」
ジュピターの人には、真ちゃんのことまで背負い込む必要はない、って怒られたけれど。
彼の言う事も、四条さんの言う事も正解で、間違っては居ないんじゃないかと思った。
貴音「とても優しい人ではないですか」
33 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:43:51.46
ID:DOCYTEs60
病院に入る。さすがに四条さんは、手を離した。
エレベーターに乗り込んで、7階のボタンを押す。
雪歩「7階なんですね」
貴音「ええ。眺めのいい部屋ですよ」
7階でございます、と電子音声が案内する。
ナースステーションが目の前にあって、そこで受付をするのだという。
貴音「雪歩の名前も、書いておきますね」
雪歩「は、はいっ」
貴音「こちらの入館証を胸につけて下さい」
手渡された入館証のクリップを、胸の近く……着ていた服のポケットにつけた。
貴音「それでは、進みましょう」
34 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:47:18.82
ID:DOCYTEs60
広い病院だ。
廊下をしばらく歩いて行くと、行き止まりの壁が見えてきた。
雪歩「……あの」
貴音「角部屋です」
まだ、何も言っていないのに。
四条さんは不思議な人だ。普段から、こういうことがよくある。
貴音「そして、個室です」
菊地真――――。その名前だけの部屋。
四条さんが2回ノックをして、ドアを横にスライドさせた。
雪歩「……っ」
人工呼吸器をつけた真ちゃん。ベッドの奥には、心電図が映っている機械が置いてある。
真ちゃんと、繋がっている。
貴音「真、雪歩を連れて来ましたよ」
35 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:50:37.47
ID:DOCYTEs60
真「――」
雪歩「……真ちゃん」
四条さんが、ベッドの横に置いてあった椅子に座る。
雪歩「真、ちゃん」
手を握った。ほのかに、温かい。
雪歩「真ちゃん…………」
顔を見る。頭に包帯を巻いていた。
貴音「……わたくしは、ラウンジへと行ってまいります」
四条さんが、部屋から出て行った。
静かな空気。
36 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:53:32.76
ID:DOCYTEs60
雪歩「真ちゃん、私ね」
手に力はない。
雪歩「いま、お休みしてるんだ」
規則的に、心臓は動いている。
雪歩「だから、ドラマのお話も無くなっちゃった」
点滴のチューブを見て、胸が痛い。
雪歩「プロデューサーに、申し訳なくて」
ギュッ、と手を握る力を強くする。
37 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:56:34.31
ID:DOCYTEs60
雪歩「気づいたんだ」
顔を見られない。
雪歩「私、自分自身のことより、真ちゃんのことを大切に想ってる」
私の声は、静かな空気の威圧感に押されそうで。
雪歩「真ちゃんのこと、自分でも気づかないうちに……すっごく大切にしてるんだと思う」
それでも、消えることはない。
雪歩「だから、真ちゃんが居ないと……私、ダメだよ」
真ちゃんに、伝えたいから。
38 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 02:59:05.78
ID:DOCYTEs60
雪歩「真ちゃん、目を開けて」
お願い。
雪歩「一緒にいろんな所に行こう」
旅行でも、ショッピングでも。
雪歩「いろんなことをしよう」
歌って、踊って。
雪歩「いろんな表情になろう」
いっぱい泣いて、いっぱい笑おう。
雪歩「私と」
私と、一緒に。
39 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:00:55.63
ID:DOCYTEs60
真「――」
雪歩「……!」
真ちゃんの頬に、
雪歩「真、ちゃん?」
ひとしずく。
雪歩「真ちゃんっ」
それはまるで季節外れの雪みたいに、儚くて。そして、
真「…………ゆき、ほ」
美しかった。
40 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:03:04.29
ID:DOCYTEs60
雪歩「真ちゃんっ!」
真「…………?」
手を握る。
雪歩「ぐすっ……真ちゃん…………」
思わず、涙が出た。
真「…………雪歩」
真ちゃんは、私の手を握り返した。
真「……ありがと」 41 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:06:01.34
ID:DOCYTEs60
真ちゃんは1週間という時間を経て、無事に退院出来た。
そして私も――徐々に歌ったり、踊ることを重ねて。
ようやく、今日からアイドル復帰する。
事務所の入口の前で、1人。
雪歩「……よし」
気合を入れて、
雪歩「おはようございますっ」
ドアを開ける。
――小さな爆発音のようなもの。
雪歩「へっ……?」
42 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:08:42.54
ID:DOCYTEs60
「雪歩、ドラマ主演抜擢おめでとうっ!」
雪歩「えっ……?」
プロデューサーがクラッカーを持って、笑う。
P「雪歩の代役オーディション、合格者がいなかったんだと」
春香「それで、復帰した雪歩に白羽の矢が立ったんだよ!」
千早「あらためて、おめでとう。萩原さん」
雪歩「あ、ありがとうございますっ!」
真「雪歩、おめでとう!」
雪歩「ありがとう、真ちゃんっ」
真「これ、ボクからのプレゼント。復帰祝い!」
43 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:10:45.01
ID:DOCYTEs60
真ちゃんが、綺麗な箱を渡してくれる。
雪歩「ありがとう。開けても、いい?」
真「もちろん!」
箱をゆっくりと開けると、中に入っていたのは。
春香「スノードーム?」
千早「綺麗ね……」
真「雪歩っ、これからもボクたちのこと、雪で白く染めてねっ」
雪歩「ふぇっ!?」
真「へへーっ」
44 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:14:19.13
ID:DOCYTEs60
どういう意味かは、分からなかった。
真ちゃんのことを、私が白く染める?
真「雪歩には、一番助けられてるからさ」
雪歩「……そう?」
真「うん。だからこれからも――」
雪歩「……」
真「ずーっと降り続けるスノードームみたいに」
真ちゃんは私の手を握って、笑う。
真「よろしくね、雪歩っ」
春に降る季節外れの雪が、ゆっくりと輝いた。
45 :
◆K8xLCj98/Y 2013/03/30(土) 03:17:15.39
ID:DOCYTEs60
GReeeeNの「雪の音」でイメージしたのですが、もうほぼ歌詞と関係なくなってしまいました。
若干たかゆき、ベースはゆきまこです。
千早「ミッドナイト・バスタイム」や真美「レイニー・ナイト」も似ていますので、お暇なときにお読み頂けると嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/30(土) 03:39:00.89 ID:SWinH2dKo
乙! 49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/30(土) 04:23:10.09 ID:DAaTwuZ2o
乙!
765プロの階段は恐ろしいな
転載元
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364574353/
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