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真姫「事後調査報告書: 猫と傷口と体液について」

1 :※みじかめりんまき 2014/12/06(土) 05:04:58.23 ID:PC6+H8Nvo



 それから二週間が経ってようやく熱が収まった頃、
 はじめて自分の身に起きたことがはっきり知覚されたようだった。



2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:05:51.60 ID:PC6+H8Nvo




 沙翁曰く、恋とは落ちるもの。

 ママの部屋の本棚で、
 ピアノのレッスンをさぼって叱られるまでの間、
 ママの匂いが残るベッドの上で寝転がって開いた
 ホコリの匂いがする文庫本、
 そこで聞いた恋の話は、
 あの頃の自分には遠すぎた。

 現実感なんてまるでなかった。
 甘いお菓子のように、
 恋の熱なんてすぐ飲み込んで消化されてしまうもので、
 それを語る麗しい言葉の戯れも、
 どこか雲をつかむような上滑りしたものに聞こえていた。

 ……海未にはちょっと悪かった。





3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:06:27.92 ID:PC6+H8Nvo



 その子は道に飛び出した子猫のように
 私の行く道を遮って、
 全力でぶつかって、
 私に傷を残して、
 ぴょんと去っていこうとした。

 私には私の道があって、
 その一本道は真新しいコールタールや
 白く輝くガードレールで舗装されていて、
 わき道のことなんてひとつも考えちゃいなかった。

 そのとき雨が降りそうなほど陰っていた空の下を、
 肌を濡らさないうちに冷やさないうちにと一心不乱に掛けていて、
 たまたま光が射した方へつかの間の遊びのつもりで誘われて
 日向を走るようになって、

 そしたらぶつかってきたのが、
 あの子だった。




4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:07:04.29 ID:PC6+H8Nvo



 私は目を回して倒れ込んで、
 一瞬そこがどこなのかも分からなくなって、
 傷口がじくじくと痛んで、
 でもその傷が、
 その癒えきらない固まらない痛みが、
 なぜかとても胸を熱く焦がしてしまった。

  夢のような、
  おとぎ話みたいな、
  まるで形になってない情景。

 私はあの人なつっこい娘に抱かれて、
 あのふざけた口調で私の道にずかずか踏み入られて、
 傷口が開く一方で、
 夜も眠れぬほどあの子のことを気にしてばかりで、
 傷口をいじってばかりだから、
 いつまでも赤い汁は真新しいまま流れ続けた。

 甘酸っぱい果実と違って、
 ひとりでなめてみたって、
 私の傷口は全然癒えてくれなかった。




5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:07:40.73 ID:PC6+H8Nvo



  ◆  ◆  ◆

 指、切っちゃったの?なめたげるね。
 って伸ばした手を引っ込める前にあの子にくわえられる。

 裁縫なんて私らしくもないことに手を出したのは、
 あの子に手伝ってほしいって頼まれたから。

  あのね、
  医学的には傷口をなめるのはむしろ、

 ……なんてことは言わない。
 いえない。
 癒えないまま痛み続けた方が、
 なぜかその方が心地よかったから。

 そのかわり、
 その子の頭に手を伸ばして髪を撫でた。
 餌をあげているような気分で頭を撫でていた。

 そうしている間は時が止まって、
 この人は逃げていかない気がしたから。

 どうにかして捕まえたって、
 油断するとすぐ逃げてしまいそうで、
 ほっとけなくて仕方ないんだ。
 今だって、
 くやしいけれど。




6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:08:17.03 ID:PC6+H8Nvo



 ――ねえ、真姫ちゃん。

 って唇を濡らしたまま、
 私の指先から涎の糸を銀色に伸ばしたまま、
 潤んだ瞳を私に向けた。

 私はなにかがこぼれそうになるのを抑えながらその子の声を聞く。

「指、かわいいね」
「でしょう?」
「なんだろ、おいしそう」
「たべないで」
「えー?」

 ほら、
 あなたが離してしまったから、
 私はどんどん乾いてしまう。

 やめて、離れないで。




7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:08:53.33 ID:PC6+H8Nvo



「ねえ、真姫ちゃん」
「なあに」
「凛のこと、すき?」

「……うん」
「うんじゃなくて」

 だったら何よ、
 なんて言葉を噛みおろす。
 そんなの分かってた、
 身体の奥底で。


 ――ねえ凛、こっち向いて。




8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:09:29.68 ID:PC6+H8Nvo



 すぼんだ唇が少し傾けられて、
 私はそこに自分を押しつけた。
 凛のなかで私を湿らせていった。

 まだ濡れたままの指先を
 凛の手の甲を走る静脈に沿ってすべらせ、

 猫が毛を逆立てたように跳ねる皮膚と
 身体の熱を捕まえて、
 くちづけを深くした。


「痛いよ」

 唇を離すと、
 凛が少し笑って、
 わざとらしくむくれてみせた。
 困らせたくて言ってるのを分かってて、
 だから素直に謝ったりする。

「そうじゃなくって。凛、そんな勢いだと……いつも、
 困っちゃうんだよ?」

 私の髪に手を伸ばして、
 子供をあやすように諭された。
 ……凛のくせに。




9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:10:05.99 ID:PC6+H8Nvo



「ねえ、真姫ちゃん」

 なあに?

「どうしてこうなっちゃったんだろうね?」

 わかんない。
 凛は、いやなの?

「ううん」

 ふわっと笑って私の胸元にかわいい頭を寄せた。

 あなたの匂い、
 ほんとずるい。




10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:10:42.51 ID:PC6+H8Nvo



「……いつか、
 真姫ちゃんとこうなってたんじゃないかな?」

 そうね、
 そうかもね。

 すると凛がこっちを見上げて、言った。


  だから、
  いま、
  すっごくうれしいよ。

  凛、
   ここにいてもいいんだよね?




11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/12/06(土) 05:11:18.82 ID:PC6+H8Nvo



 恋とは一種の交通事故なのだ。

 恋人になって、昨日で14日。
 私はまだ熱い傷口をいじくっては、
 甘ったるい後遺症をもてあそんでいる。

  もう、
  離さないんだから。

 私はその答えを、
 次のくちづけに託した。



おわり。




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