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1 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:29:39.00
ID:5Cvu8oBHo
突然ですが、私には誕生日が二度あります。
とは言っても、年に二度年をとる訳ではありません。
今の年齢は律と同じ二十歳、花の新成人です。
本来の誕生日は1月の15日、生まれてこの方この日から移ったことはありません。
パパとママの言葉を信じれば、私は確かにこの日に生まれたのだから。
では、もう一つの誕生日は?
それは1月16日、本来の誕生日の翌日。
不思議に思う人もいるだろうけど、この日は私にとって、本当の誕生日と同じぐらい特別な日なのです。
なぜ「特別」になったかって?
それをこれから、書き綴りたいと思います。
拙い文章で申し訳ありませんが、どうかお付き合いください。
2 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:30:57.59
ID:5Cvu8oBHo
小学生の頃の私は、今以上に内向的で恥ずかしがり屋だった。
そんな私の周りには友達なんて数えるほどしかいなくて、誕生日会を開いてくれる友達になるともう、誰一人としていなかった。
その年の誕生日もまた、パパとママの三人で細々と過ごした。
特に寂しいとは思わなかった。家族だけで過ごす誕生日なんて、ごく当たり前のことだったから。
その次の日のことだ。
誕生日の余韻が抜けきらないまま、ご機嫌で登校する私に、一人の女の子が声をかけてきた。
「みーおちゃんっ、おっはよー!」
「あ、りっちゃん……お、おはよう」
この子は田井中律、私はりっちゃんと呼んでいた。
りっちゃんが私によく話しかけるようになったのは、この頃のことだった。
「あれ、みおちゃん。今日は何だか元気いいね」
「そ、そう?」
「うん、いつもはもっと暗くてハムスターみたいにおびえてるもん」
りっちゃんにむかっとするのは当時からだ。
「いいことがあったから」
「へー、何があったの?」
「……じょう日」
「えっ?」
「きのうね、たんじょう日だったの」
りっちゃんはすごく驚いた顔をした。
3 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:31:29.76
ID:5Cvu8oBHo
「たんじょう日って、あのみんなで集まってケーキ食べたりゲームしたりする?」
他に何があると言うのか。
と言っても、私はそんな誕生日なんて経験したことないけれど。
「……うん、そうだよ」
「なっ、なっ、なっ、なんで教えてくれなかったのさ!!」
「へっ、なんでって」
「わたしもみおちゃんのたんじょう日行きたかったのにー!」
りっちゃんは悔しそうに地団駄を踏んだ。
「あのねりっちゃん、そうじゃなくて、いつもたんじょう日はパパとママと過ごすの」
りっちゃんは目を丸くすると、首をかしげる。
「おたんじょう日会とかしないの?」
少しだけ暗い気分になった。
「……わたし、あんまり友だちいないから」
誰かに打ち明けるのは初めてのことだった。
そのまま私は顔をうつむけてしまった。
4 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:31:57.43
ID:5Cvu8oBHo
実はさっき、一つ嘘を書いた。
寂しくない、と言ったことだ。
当時の私は内気な子だったが、決して人嫌いではなかった。
本当は、もっと色んな人に祝ってほしかった。
たくさんの友達に囲まれて、誕生日を過ごしたかった。
でも、私にはそういう友達がいなかったのだ。
5 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:32:24.91
ID:5Cvu8oBHo
「みおちゃん……」
りっちゃんが顔をのぞきこんでくる。
「ねえ、みおちゃん。こっち見て」
「……なに?」
顔を上げた瞬間、思わず吹き出してしまった。
「ぱいなっぷる!」
「ぷくっ、り、りっちゃ、やめて……くくっ」
「ほら、ぱいなっぷる!」
「やめてってば、ぷふっ」
笑いすぎて、お腹が痛くてたまりません。
「えへ、うまくなったでしょ?」
「うん、おかし……」
「今度はねぇ……みのかさご!」
「ふひゃっ」
「ぷぷ、みおちゃん今へんなこえ出した」
「も、もうりっちゃんのせいだよっ」
「あはは、おっかしー」
りっちゃんが笑い出す。つられて私も笑う。
たっぷりここ何年分かの大笑いだった。
6 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:32:59.73
ID:5Cvu8oBHo
そして、ようやく落ち着いた頃。
「ねぇ、みおちゃん。今日いっしょにあそぼうよ」
「えっ、今日? いいけど……」
「みおちゃんのおたんじょう日会やろっ!」
いきなり何を言い出すのかと、びっくりした。
「で、でも、もう16日だよ?」
「いいじゃん、一日おくれでも。みおちゃんの、もう一つのおたんじょう日ってことで」
「りっちゃん……」
びっくりして嬉しくて、子供心ながら涙が出そうになった。
そんなことを言ってくれる友達は初めてだったから。
ぎゅっと胸元に両手をのせる。
必死に涙をこらえて、今できる精一杯の笑顔で答えた。
「うん、いいよ!!」
7 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:33:39.94
ID:5Cvu8oBHo
その後、私とりっちゃんは二人でささやかなパーティーを開いた。
りっちゃんが持ってきてくれたお菓子と、私の家にあったケーキの残りを食べた。
二人きりの小さな誕生日会だったけれど、すごく楽しかったことを今でも覚えている。
りっちゃんはプレゼントに、おもちゃの指輪をくれた。
私が友達から初めてもらう、誕生日プレゼントだった。
8 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:34:07.82
ID:5Cvu8oBHo
「これって、ゆびわ?」
「そうだよー、おもちゃのだけどね」
「ゆ、ゆびわって、好きな人にあげるんじゃないのっ?」
「わたしはみおちゃんのこと好きだよ?」
「へっ」
「だってみおちゃん、かわいいもん」
「か、かわいくないよ」
「そんなことないよ、かわいいよ!」
「あうぅ……」
りっちゃんは無邪気な子だ。
誰かに好きということにまるでためらいがなかったのだ。
それが異性であれ、同性であれ。
一方の私といえば、異性からはもちろん同性からも「かわいい」とか「好き」とか言われたことなんてない。
私はりっちゃんに抱いた淡い感情に、気づかない振りをした。
9 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:34:33.93
ID:5Cvu8oBHo
そういえば、この時言い忘れていたことがある。
何度も何度も言おうとして、ついつい機会を逃してしまった。
だから、かわりにこの場を借りて一言だけ綴りたいと思う。
ありがとう、りっちゃん。
10 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:35:02.42
ID:5Cvu8oBHo
それから律は毎年、私の誕生日会を開いてくれた。
小学校、中学校の友達と、高校に入ってからは軽音部のみんなと。
おかげで私は、寂しい誕生日を過ごさなくなったのだけど。
一方で、16日にパーティをすることはもうなかった。
当たり前と言えばその通りだ。
誕生日の翌日にまた、わざわざパーティを開くことはない。
そんなことするぐらいなら、本来の誕生日を全力で楽しむ。
そんな自然の発想のもと、16日はそれほど特別な日ではなくなったのだ。
11 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:35:31.82
ID:5Cvu8oBHo
その日が再び「特別」になったのは、高校三年生の時のこと。
年も明けた頃、私たちはいよいよ受験直前にあって、勉強漬けの日々を送っていた。
律は毎晩のように私の家にやって来ては、日を跨ぐまで勉強をしていく。
自分の部屋でやれとも思うのだが、一人だと勉強する気にならないそうだ。
私の見る限り、律はかなり頑張っている。
高校受験の時ですら、律はギリギリまで怠けていたのに。
ここまで真剣に勉強に打ち込む律の姿は、今まで見たことがない。
12 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:36:09.71
ID:5Cvu8oBHo
しかし、律の成績はあまり伸びなかった。
この時期になっても、模試の結果はC判定が精一杯だった。
律はそのこともあってか、どうにも疲れている様子だった。
学校の授業でも虚ろ虚ろとして、ちゃんと聞いているのかよく分からない。
せっかく私の家に来ても、ぼんやりすることが多くなった。
13 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:36:51.66
ID:5Cvu8oBHo
そんなある日のこと、勉強に身が入らない律との間で、とうとう事件を起こしてしまった。
「おい律」
「……」
今日も律はぼんやりと、眠たそうな目をしながら、こっくりこっくり船を漕ぐ。
「律ってば」
私の呼びかけに答えない律に、ふつふつと怒りが湧いた。
人の家に来ていながら、失礼じゃないか。
私は律と勉強しなくても一人でできる。言ってみれば、私は律に付き合っているのだ。
当の律がこんな調子なら、わざわざ一緒に勉強する必要がどこにあるのか。
14 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:37:36.69
ID:5Cvu8oBHo
私は不快感を込めてテーブルを叩く。
「りつ!」
「ひぃっ……あ、どうかした?」
「勉強するならちゃんと集中しろ」
「ご、ごめん。ちょっと疲れちゃって」
律は律で調子が悪いのだけど、一方の私も長い受験勉強で、疲れとストレスがたまっていた。
「疲れてるなら、今日はもう帰ったら」
ここは勉強する場所であって居眠りをする場所じゃない。
今は勉強する時間であって、無駄に眠る時間じゃない。
律が不真面目なのはいつものことなのに、どうにも気が立って仕方がない。
15 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:38:04.81
ID:5Cvu8oBHo
「いや、もうちょっと頑張る」
大きなため息が出る。
本当にそう思っているのか、信用できない。
「な、なんだよ態度悪いな」
「お前が言うな」
普段怠けるのは別にいい。軽音部での練習も、ティータイムの合間にする。
でも、練習の時は全身全霊を傾ける。やるときはやる。
それが律のスタンスじゃないのか。
今は受験の直前、人生で一番頑張らないといけない時期だ。
それなのに、普段と同じように怠けていて一体どうするつもりなんだ!
16 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:38:56.46
ID:5Cvu8oBHo
「こんなこと言うのもなんだけどさ」
苛々の募った私の口はもう止まらない。
律の様子がおかしいという疑問より、律に厳しくしなければという思いが勝った。
「隣でいい加減な気持ちでいられると迷惑だ」
「そ、そんな言い方しなくたって」
「だいたい、最近のお前は気が緩みすぎてるぞ」
「そんなことねーし!」
「そんなことあるよ。あるから釘を刺してるんだ」
「私にだって、色々事情があるんだよっ」
「事情って何? 受験より大事な?」
「そ、それは……」
口ごもる律。
言い訳すら出てこないのか。私の苛々が限界に達する。
そして、私は決定的な一言を言ってしまった。
「勉強の邪魔」
「……!」
17 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:39:22.46
ID:5Cvu8oBHo
その時の律の顔は未だに忘れられない。
真っ赤になって、目元に涙をため、かすかに肩をふるわせる。
いつもは元気いっぱいの、少年のように活発な律が見せる「女の子らしさ」だった。
とうとう、律はたまらず涙を流してしまう。
そこで私はようやく、律にひどいことを言ったと悟った。
18 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/16(月) 23:39:55.53
ID:5Cvu8oBHo
「ご、ごめん律。言い過ぎ……」
「悪かったよ、邪魔して」
律が立ち上がって、そそくさと帰り支度をする。
律、という呼びかけを遮られる。
「澪もさ、人が悪いよ。邪魔なんだったら、そう言ってくれたらよかったのに」
私が止める暇もなく、律は去ってしまった。
ひとり部屋に残された私はぽつりと呟く。
「……バカ」
律にではなく、自分に向けて。
こんなんだから、いつまで経っても想いを伝えられないんだ。
22 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:07:19.74
ID:irwkSXCJo
その日から、律は私の家に来なくなった。
相変わらず授業中は眠そうで、時には実際に寝てしまうこともあった。
そのたびに先生から大目玉を食らうのだが。
辛うじて部室の勉強会には顔を出すものの、私とは目も合わせてくれなかった。
「りっちゃん隊員、お疲れですね」
「あぁ、最近夜遅いから」
「そんな遅くまで勉強してるの?」
「……うん、まあ」
「あわわ、私を置いて一人で先を行っちゃうなんてずるいよ!」
「いや知らんし」
「夜更かしは体に毒ですよ。本番で体をこわしたらどうするんですか」
「梓が心配してくれるなんて珍しいな」
「まぁ、一応先輩ですから」
「一応とはなんだ中野!」
「きゃー♪」
私とは目も合わせてくれないくせに、唯や梓とはやけに仲が良い。
いや、いつも通りなんだろうけど、今日は特に目につくんだ。
23 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:07:45.87
ID:irwkSXCJo
「でも、本当に体調には気をつけてくださいよ」
「大丈夫よ、澪ちゃんが体調管理してくれてるだろうから」
「「へっ?!」」
ムギの言葉を聞いて、奇しくも律と声が重なった。
「いつも澪ちゃんの家で勉強してるんでしょ?」
律と気まずい視線を交わす。
「ま、まあな」
「うん、一応な」
私と律のケンカにみんなを巻き込む訳にはいかない。
一時休戦と行こう、と私は目で合図した。
24 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:08:15.53
ID:irwkSXCJo
部室では何とかやり過ごしたものの、律はその日も私の家に来なかった。
次の日も、またその次の日も。
そんなことが何日か続いたある日、ムギに声をかけられた。
「もしかして、ケンカしてる?」
「……何の話」
「りっちゃんと澪ちゃん、最近あんまり会話してないでしょう?」
ムギは鋭い。ほわほわしているようで、微かな空気の変化に敏感だ。
私と律の間に漂う険悪な雰囲気を見逃さなかった。
「二人がケンカなんて、珍しいわね」
確かに律とケンカしたのなんて、久しぶりだ。
この前は、高二のライブ直前だっけ。
つくづく大事な時期にケンカしてるものだと思う。
25 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:08:45.55
ID:irwkSXCJo
「私が、ちょっと律に言い過ぎちゃって」
ムギが相づちを打つ。
「私自身も受験で苛立ってたんだ。それで、つい律に当たっちゃった」
私は言葉に詰まった。
思い返せば、私は何てことを言ってしまったんだろう。
ムギは何かを考え込む。
「あ、そういえば!」
そして、思いついたように声を上げた。
「ねぇ、澪ちゃん。今度の15日って誕生日でしょ?」
受験ですっかり忘れていたが、そういえばそうだった。
「みんなでお誕生日会を開きましょう!」
「いや、いいよ……みんな勉強で忙しそうだし」
「大丈夫よ、ちょっとぐらい」
「でも……」
「それじゃ、お昼の間だけを使ってとか。今日みんなに聞いてみましょう!」
ムギは既にその気らしい。
目が輝いて、眉毛が充実している。
26 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:09:12.31
ID:irwkSXCJo
そして、部室にて――
「さんせーい!! 憂も呼ぶね!」
「み、みなさん勉強は大丈夫なんですかっ?」
「あずにゃんは来ないの?」
「もちろん行きます!」
「……ぷぷ」
「はっ」
こうして、軽音部のみんなが私の誕生日を祝ってくれることになった。
――ただ一人、部室に顔を見せなかった律を除いて。
27 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:10:06.06
ID:irwkSXCJo
「りっちゃん、どうしたのかな」
「まさか、本当に体調を崩したとかじゃ……」
「学校には来てたからそれは大丈夫よ」
「それじゃ何で……」
今日は週末、つまり私の誕生日前では最後の登校日。
律が私を避けたことは明らかだった。
「大丈夫よ、澪ちゃん」
ムギに背中をさすられる。
「りっちゃんにはメールでもしましょう?」
怪訝そうな表情を浮かべる唯と梓に向かって、ムギは言った。
28 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:11:23.10
ID:irwkSXCJo
その日も律は私の家に来なかった。
一人で机に向かう。数学を一問解くと、時計を見る。
まだ十分そこらしか経っていない。
勉強の邪魔、なんて律に言っておいて、律がいなくてもまるで勉強がはかどらない。
受験勉強は長く苦しい。でも、誰かと一緒なら頑張ってやっていける。
誰かが側にいた方が、頑張れるんだ。
直前になって疲れとプレッシャーが限界になったとき、それは如実に感じられる。
鉛筆を乱暴に投げ捨てた。
筆記用具や問題集を机の上にほっぽりだしたまま、私はベッドに倒れ込んだ。
29 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:12:11.21
ID:irwkSXCJo
「ハッピーバースデー澪ちゃん!!!」
「おめでとうございます!」
クラッカーの音が盛大に鳴り響く。
唯とムギ、梓と憂ちゃん。
受験直前ということもあって去年より人は少ないけれど、それでもみんなが集まってくれた。
「あ、ありがと、みんな」
嬉しくて、ちょっと照れくさかった。
「こんな忙しい時に、私のために集まってくれて……」
「あ、澪ちゃん涙ぐんでる~!」
「お姉ちゃん、めっ」
「ちょ、ちょっと欠伸しただけだっ」
十八歳の誕生日も、みんなに囲まれて過ごすことができた。
でも、やっぱりそこに律の姿はなかった。
30 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:12:59.22
ID:irwkSXCJo
「律先輩、何してるんでしょうか」
「澪ちゃんの誕生日なのにね」
「メールしたら、行くとは言ってたんだけど」
「家まで呼びに行きますか?」
「いいよ別に、そのうち来るだろ」
「でも……」
「そうね、先にやっちゃいましょう。今日は特製ケーキを持ってきたの」
「おぉ! ケーキ!」
ムギの計らいもあって、どうにかパーティが和気あいあいと進んでいく。
ゲームをしたり、プレゼントをもらったり、演奏してもらったり。
その年の誕生日も、とても楽しいものになった。
……結局律は最後まで現れなかったのだけれど。
31 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:14:44.18
ID:irwkSXCJo
私の誕生日がもうすぐ終わる。
あと十秒、九、八、七……時計から目を逸らす。
とうとう16日になってしまった。
ずっと前から、律は私と誕生日を過ごしてくれた。
誕生日に律と会話すらしないなんて、初めてのことだった。
携帯を開く。メールは一件もない。
机の前に座る。もう一度、携帯を開く。
体ごと突っ伏して、ため息をもらした。
32 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:15:22.93
ID:irwkSXCJo
律との思い出がよみがえる。
小学生、中学生、そして高校生。
私と律はずっと一緒だった。
私は律を助けているようで、いつも律に助けられていた。
いじめっ子に絡まれてる私を、身体を張って守ってくれたり。
恥ずかしがり屋の私の背中を押してくれたり。
引っ込み思案だった私を音楽の道に引っ張りこんだのも律だ。
そのおかげで軽音部に入って、かけがえのない親友と出会うことができた。
いつしか律はただの幼なじみじゃなくなった。
私にとって、大切な人。
弱虫の私をずっと支えてくれた、かけがえのない……
手で涙を拭く。
拭いても拭いても、止めどなく溢れる。
律に会いたい。
仲直りができなくてもいいから、嫌われたままでいいから、会って謝りたい。
会いたいよ、律。
33 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:16:07.23
ID:irwkSXCJo
そのとき。こんこん、と音がした。
息を呑んで耳を澄ませると、もう一度、こんこん、と音がした。
窓を叩く音だ。こんな風に家に来る人間は一人しかいない。
おそるおそるカーテンを開けると、そこには……
34 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:17:05.33
ID:irwkSXCJo
「みおー、開けてくれい」
私はすぐに窓を開けて、そのびっくりするほど冷たい手を取る。
「あちゃー、ちょっと遅れちゃったか」
のんきなことを言っているのは、幼なじみだった。
「ごめんごめん、寝過ごしちゃってさ」
ケンカしていることを忘れたかのように、律はにこやかに話しかけてくる。
「もしかして、私を待ってたとか? まさかな」
そのまさかだよ、バカ律。
35 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:17:31.92
ID:irwkSXCJo
「パーティってもう終わっちゃった?」
とっくの昔に、と私は頷く。
「ですよねー、失敗しっぱい」
律は悪びれる様子もない。
業を煮やした私は律に問いただす。
「いったい今まで何やってたんだよ!」
「何ってそりゃ……」
これ、と律は紙袋を差し出した。
その中には、所々ほつれたマフラーがあった。
36 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:18:03.88
ID:irwkSXCJo
「慣れないことするもんじゃないな、やっぱ」
律がぽりぽりと頬をかく。
「勉強の合間にちょいちょいとやっても一向に進まないし、夜更かししたら眠くなるし」
「じゃ、じゃあ最近お前の様子がおかしかったのって……」
「そだよ、それ編んでた」
こんな大事な時期に、勉強の時間を割いてまで私のプレゼントを?
それで寝不足になって、何考えてるんだお前は。
「いやー、完成したらどっと疲れが出ちゃって、寝て起きたらこんな時間だろ? 急いで来たんだけど……」
律、と名前を呼ぶ。
不思議と心が温かくなった。
37 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:18:51.11
ID:irwkSXCJo
「な、何ですか澪さん。もしかして怒ってらっしゃる?」
ゆっくりと律に近づく。
「あ、勉強はそれなりにしてたぞ、別にサボってなんかないからなっ」
なおも律に近づいていく。
「ごめんってば、でも澪にどうしても渡したくてっ」
距離を詰めて詰めて、そして、思いっきり。
思いっきり、律を抱きしめた。
38 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:19:48.52
ID:irwkSXCJo
「みお……?」
「ごめっ、わたし、律にひどいこと言った!」
声にならない声をひねり出し、ともすれば収拾がつかなくなる心を必死に抑えつける。
涙でくしゃくしゃになった顔を律の胸に押しつける。
「律は、わたしのために、ここまでして、くれたのに、わたしはっ……」
律に背中をなでられる。
「ごめん、あんなこと、言うつもりなかったのに、疲れてて、どうかしてたっ」
「よしよし、もう気にしてないって」
「ごめん、律ごめん」
「ごめんより、お礼が欲しいな」
「……」
ありがとう、と私は呟いた。
39 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:21:00.38
ID:irwkSXCJo
しばらくして、ようやく落ち着いた頃。
私は律と肩を並べて座り込む。
律からもらったマフラーを首に巻いて。
「ごめんな、誕生日に間に合わなくて」
「全然気にしてないよ」
「悪いな、下手くそなマフラーで」
「……うぅん」
最高のプレゼントだよ。
40 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:22:05.03
ID:irwkSXCJo
「なぁ、澪。今日空いてる?」
「受験生に暇はなし」
「そう言わずにさ、ちょっとだけ!」
「一体何の用?」
「澪の誕生日会やろうぜ!」
いきなり何を言い出すのかと、びっくりした。
「で、でも、もう16日だぞ?」
「いいじゃん、一日遅れでも。澪の、もう一つの誕生日ってことで」
はっと、小学生の頃の記憶が思い起こされた。
「どした、急にぼっとして」
「似たようなことを、昔言われた」
「そだっけ?」
そうだよ、忘れるもんか。
律と過ごした最初の誕生日だ。
お前は忘れたかもしれないけど、私にとっては大切な思い出なんだ。
41 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:23:23.93
ID:irwkSXCJo
律の肩によりかかる。
「16日の誕生日か」
「いいアイデアだろ?」
「分かった、いいよ」
「よし決まり!」
「そのかわり……」
私は一つ条件をつけた。
今年だけじゃなく来年も、そのまた来年も……
この日は二人で過ごそうって。
42 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:25:06.71
ID:irwkSXCJo
そして、今年もまた――
「みおー、何書いてんの?」
「ちょっと、手紙をさ」
「へー、どんな?」
「私と律のこと」
「えっ、私のこともか?」
「そうだよ」
「何を書いたんだ、見せなさい」
「だーめ」
「ぐぬぬ……私には肖像権がある」
「ないから」
「ちぇーっ、昨日いっぱいお祝いしてやったろっ」
「そのことは感謝してるけど、それとこれとは話が別」
――16日がやってくる。
43 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:25:40.62
ID:irwkSXCJo
「ねぇ、変な手紙書いてないでさー」
「変なとは何だ。てか、特に用もないだろ」
「あるし!」
「へぇ、どんな?」
「それはだな……」
「んー?」
「は、早くそれ書き終えろよ!」
「あともう少しだから」
「うー……」
律は何を焦っているのだろう。
44 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:26:07.19
ID:irwkSXCJo
「はい、終わりっと」
「ほんとかっ?」
「お待たせ。それで、何の用事?」
「じ、実は澪にプレゼントがありまして……」
「昨日もらったけど。恒例のホラー系DVD」
「それとは別に!」
「だったら昨日くれればよかっただろ。大体私が恐いの苦手なこと知って……」
「み、みんなの前で渡せるわけないだろっ!」
「なんで?」
「そういうプレゼントなの!」
「へぇ……?」
律は不機嫌そうに口を突き出した。
45 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:26:55.41
ID:irwkSXCJo
「それより、そろそろ出かけないとレストランの予約が……」
「その前に!」
「プレゼントとやらは、レストランじゃダメなのか?」
「今じゃないとダメなの!」
ここは寮の私の部屋、律と二人きりだ。
今年もまた、もう一つの誕生日を律と過ごす。
「……これ」
手渡された物は、手のひらにすっぽり収まってしまうほど小さかった。
「あ、ありがと……中、開けていい?」
律は無言で頷いた。
46 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:27:32.54
ID:irwkSXCJo
包装を開けると、また小さな箱があった。
この箱は、どこかで見たことがある。
あれは確か、律のいたずらで化粧のまねごとをするために、ママの鏡台の前に座って……
「開けてみて」
いじってみようと手を触れたら、ママに見つかって、律ともども大目玉をもらったんだっけ。
きっとママにとっては、それぐらい大事な物だったんだろうな。
「へへ、安物で申し訳ないけど」
そういえば、律にも以前もらったことがある。
あの時はおもちゃだったけど、これは立派なシルバーの……
「その、女同士なんておかしいかもしれないけど」
いつか誰かにもらえるかなと、夢に見た贈り物。
律からもらえるなんて思わなかったけど。
でもずっと、律から欲しいなって思ってた。
「好きだよ、澪」
手紙に書けばよかったな。
私の想いが通じたって。
47 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:28:06.02
ID:irwkSXCJo
「あれ……? もしかして外した?」
うるさい。
「えっと、みおしゃん?」
うるさいってば。ずっと片想いだった相手の気持ちが初めて分かったんだ。
今返事をしたら、感情が抑えられなく……
「な、泣くなよ~っ、気に入らなかったのか?」
そんな訳ないだろ、バカ律。
お前は昔から本当にバカなんだから。
ずっとずっと、十年以上昔から。
デリカシーがなくて、鈍感で、いつも私をからかって振り回してばっかりで。
無邪気でうっとうしいぐらい元気なくせに、繊細で、人一倍寂しやがりで。
いつも私を守ってくれて、辛いときや悲しいときは一緒にいてくれて。
そんな律が……ずっと好きだった!
48 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:28:55.68
ID:irwkSXCJo
「ひゃっ……み、みお?」
私は律に抱きついて、十年間たまりにたまった感情を思う存分流し出す。
「好き! 私も大好き!」
「みお、苦しい……ちと離れろ」
「やだ! やっと律と両想いになれたのに!」
「はいはい、別に離れたら私が消える訳じゃないんだから」
「何年待ったと思ってるんだよぉ……」
「よしよし」
「ぐすっ……ひっぐ……」
「……ごめんな、待たせちゃって」
律の腕の中であやされて、私は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
49 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:31:31.35
ID:irwkSXCJo
「ええっと、それじゃ澪」
「……」
「私たち、付き合うってことで……」
「それって、恋人同士になるってこと?」
「そうだよ」
「誰と誰が?」
「はぁ? 私と澪に決まってんじゃん」
「澪って誰よぉ」
「お前だよっ」
付き合う……恋人同士……? 私と律が?
なななななんと!? わわ、あわわわわっ!
そそ、そ、そんなことがあっていいのですか!?
いやこれは夢かもしれない。
頬をつねってみる。うん、夢じゃない。
いやったあああ~~!!
あーあーかーみさーまおねーがいー
50 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:32:46.66
ID:irwkSXCJo
「澪さん?」
「ふたりーだーけーのー」
「気がどーてんしてる」
私と律は、両想いだ。
両想いなら付き合って、恋人同士になる。
なるほど、自然の摂理だ。
「おーい、みおー」
「律!」
「は、はい」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
「……うん、よろしく」
私は深々と頭を下げた。
「おい、それじゃ土下座だぞ」
「はっ」
51 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:33:16.71
ID:irwkSXCJo
二人の穏やかな時間は流れる。
「りつー」
「なんだ?」
「キスしていい?」
「いいよ」
「んっ……」
甘くて酸っぱいイチゴの味。
今なら、いい歌詞が書けそうだ。
52 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:33:49.55
ID:irwkSXCJo
「ファーストキス、あげちゃった」
「初めてだったんだ」
「律は違うの……?」
「そ、そんな訳ないじゃん! 私に甲斐性ないの知ってるだろ」
「うん、とてもよく」
「さいですか」
私に想いを伝えてくれたのだって、今が初めてだもんな。
ずっとずっと好きだったのに、全然気がつかないでいて。
54 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:36:43.53
ID:irwkSXCJo
「律、もう一回」
「んっ……」
「もう一回」
「ちょ、何回する気だ」
「今まで我慢してきた分」
「マジですか?」
「マジです……嫌?」
「別にいいけど、時間は大丈夫?」
律が時計を指さす。
午後六時前、ええっと予約の時間は……
56 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:38:46.53
ID:irwkSXCJo
「……わわ、予約の時間が!!」
「そ、そんなにやばいの?」
「速く仕度して! できれば五分で!」
「そんな無茶な」
「速く!」
「わ、分かったよ!」
律があわただしく部屋を出て行く。
仕方ないけど、残りはおあずけだ。
57 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:39:47.95
ID:irwkSXCJo
今夜は律とディナーだ。
恋人になった最初の日を、思う存分楽しもう。
外出着に着替えると、私はマフラーを首に巻いた。
扉の前で律が待っている。
「行こっか、律」
「ほいほい」
律と手をつないで、寮の廊下を歩いていく。
唯やムギ達にからかわれるだろうか。
それでもいい。これからずっと、律と同じ道を歩んでいくのだから。
今日は1月16日、十年越しの想いが実った日。
私にとって、誕生日と同じぐらい特別な日。
End
58 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2012/01/17(火) 02:42:21.11
ID:irwkSXCJo
とにかく幸せな澪ちゃんを書きたかった作品です
センター試験は?とか荒削りな所がありますが、見逃してください
一日どころか二日も遅れてしまったけど、澪ちゃん改めて誕生日おめでとう!
そして、ここまでお読みいただきありがとうございました。 59 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/01/17(火) 02:43:44.53 ID:2myIUc9Ao
凄い良かったよ
乙 60 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) 2012/01/17(火) 03:10:59.26 ID:mZM8VQOh0
おつおつ
1日遅れだったのは内容とリンクしてたんだな
面白かったよ
15日にも書いたけどもう一度、澪ちゃん誕生日おめでとう!
63 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関東・甲信越) 2012/01/17(火) 07:21:53.26 ID:9V/LqjXAO
乙
良い物読ませてもらった。
ありがとう。
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